こんにちは、まこです。
今日は、結婚編最後の記事にしようと思います。
離婚前のフラグを綴れたらな〜と。
ちなみにこのフラグから8ヶ月後に離婚しています。
今思えば、カウントダウン最初のフラグだった。
思い返せば、これがスタートだったなと思いますし、
あの時に自分の本音がボロボロと心の中に出てきて、違和感が現実になっていく感じでした。
2022年12月。
私は、お世話になっている経営者の方と仲間と一緒に経営合宿というものに参加していました。
基本的には、オンラインで毎回参加していたのですが、
なんとなく現地に行った方がなんかいい気がすると思って足を運んだんです。
その日は、いつも通り自分のビジネスについて振り返ったりするもので、
特に何事もなく進んでいきました。
合宿中の食事の時に、何気ない会話から私の本音がぽろっと出たのがきっかけに
経営者の方にコーチングしてもらうことになり、そこで自分が抱えていたもの、我慢していたものが
一気に溢れ出していきました。
これは、オンラインだったらコーチングされる機会がなかったので、やっぱりあのときのなんとなく現地行った方がいいことを信じて良かったなと今、綴りながら思っています。
私が、ぽろっと吐いた本音。
義理家族のことでした。
義理家族と仲が良くないこと、そして、なんか居心地が悪いこと
なんでそうなったのかとか経緯を話したり、そして結論「嫌い」という感情が出てきたんです。
そして、嫌いなら関わらなくていい。ということを教えていただき、
家族だからいいのかな?なんて思っていたんですが、
きっと旦那に気を遣っていたんだなっていうことにも気づき、
家族だろうが、なんだろうが、自分に嫌なことをしてくる人にそんなに気を遣わなくていい。
とアドバイスをいただき、自分なりの答えが出ました。
とにかくまずは、旦那に話すこと。
自分が義理家族に思っていること、義理家族に対してこれからは真正面から立ち向かうこと
これまで、何かと問題が起きては、私から言い返す場面は少なく
それは旦那に止められていたからってこともありました。
なぜかというと、旦那は揉め事が嫌いだから。
私が話をすること=揉め事になると思っていたみたいです。
別に嫌と思ったら言うだけだから、揉め事にはならないし、そもそもなんでダメなのか?と
自分が嫌と思ったら言いたいだけなんだけど、じゃないとずっと続くじゃんと言ったことがあります。
ですが、それは全く伝わらず、結果旦那が代弁することでその場はおさまりました。
おさまりましたというか、無理に私も折れたって感じです。
実際は、納得いっていなかったけど、旦那が少しでも言ってくれるならいいやと。
ですが、結局旦那が義理家族に対して、言えることはなく。
形うえ、言えた。ことはあっても、なんていうか全然違うくて。
いや、論点そこじゃないし。っていう感じとか。
代弁していても、ちゃんと伝えたい部分とか、言い方が下手くそすぎて
結局ちゃんと伝わっていたか怪しいとなっていたんです。
これも問題を放置していたことがよくなかったし、一度でも私から義理家族に話をすれば良かったのかなと思いますが、今思うとなんとなく伝わらなかった気がするとさえ思います。
なんせ元旦那に伝わらなかったので。
そんな感じで、とにかく元旦那にもう一度伝えると
案の定、これからも俺が伝える。と返ってきたので、
ニュアンスというか本心が伝わっていないし意味がない。と言いましたが
話し合いだったりとかそう言った場自体がすごく苦手なんだろうなって思いました。
それを伝えた上で、私もとにかくわかってほしくて本音をどんどん伝えていきました。
義理家族に思っていること、いろんなことを話したと思います。
そして、最後「義理家族のことが嫌い」そのワードもしっかり伝えました。
だから会いたくないし、正月お盆でさえ会いたくない。
自分の貴重な時間を義理家族のために使いたいとさえ全く思わない。
自分の家族のことを嫌いと言われるのは、すごく嫌だったと思います。
それはわかった上で伝えましたが、っすごく苦しかったのを覚えています。
でも言わないと絶対伝わらないし、これで伝わらなかったら
他に伝える方法はない。
自分の感情も何もかも言葉にしないと相手に伝わらないと思ったんです。
元旦那はというと、「わかった」と言った後に
俺も話したいことがあると言ってきて、子供のことを言われました。
多分子供のこと相当我慢していたんだと思います。
すごく申し訳なくなったけど、なんていうかその時は子供が欲しくないとは思っていなくて。
自分がやっているビジネスがうまくいくまで待ってほしいと伝えました。
これも本当は良くなかったなと思っています。
うまくいくまでっていつ?となるからです。
それでも元旦那は、「わかった」と言って、この話し合いは終了になりました。
経営者の方にもお礼の連絡を入れ、私はこれでとりあえずOK〜くらいに呑気に構えていました。
正月はどこか行こうかな〜とか
るんるんで過ごしていました。
そして、年末が近づいてきて、私も飲み会が多くなったり
すごく充実していた12月、半ば。
「正月もお盆も行きたくない」と言った私、それに対して「わかった」と言った元旦那。
覚えているでしょうか?確実に言いました。
ですが、「お正月どうする?何時に実家行く?」と平然と聞いてきたんです。
ん?なんて言った?はい?
「え、何時ってなに?行かないよ?」と言いましたが。
「今年は姉ちゃんの子供も産まれたし、全員で集まるらしい」と。
答えになっていない、謎の会話ですね。
あの話し合いはなんだったんだ?全然伝わっていないんだけど。。。
それを伝えると、いやでも「正月くらいは顔出さなきゃでしょ」と言われたので
もう返す言葉もなく、なんかあの時間はなんだったんだ??となりました。
あそこまではっきり言ったし、濁してないし、ええええ????
自分の記憶を疑ったりしました、
というかもう何が起きているかさえ分からなかった。
そこで、もうそうだ、義理家族と一緒だ。
何を言っても伝わらない、別次元の人。宇宙人と思おう。
元旦那も同じ部類の宇宙人だ。
なんていうかもう言い返す気もないし、諦めってこういうこと?
なんかもうどうでも良すぎる〜ってなったんです。
あ〜今年も元旦はあの嫌いな義理実家か〜〜。憂鬱
と思っていたら、なんとコロナになり、結局行かなくて済みました。
コロナは苦しかったけど、元旦には割と元気になっていたので
自宅でゆっくり過ごすことができたんです。
旦那にもそれを伝えたと思うんですが、確か微妙な反応が返って来たことを覚えています。
この話し合いがおそらく離婚までのカウントダウンだったと思います。
相手に対して諦める。我慢する
期待しない。夫婦ってそういうもの。
とかよく聞きますが、それってすごく悲しいというか。
期待はもちろんしなくても、諦める、我慢するって。なんか。
自分を押し殺してまで、相手といる必要ってあるのかな?って
そこまでして、いる必要って何?って。
それなら離婚した方が、確実に幸せだし
我慢しなくていい相手を探したほうがいいなって思うんです。
ここから始まった離婚カウントダウン。
私は、自分のことを我慢しない、好きなことをしたい欲がどんどん出てきます。
ですが、諦めたはずの旦那のことをそれでもどうにか
変わらせようとしたこと。
そして、それが過ちに気づいたこと。そんな感じの離婚編に突入していきます。
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